人気ブログランキング |

犯罪学考

since202001.exblog.jp
ブログトップ
2020年 02月 11日

死刑制度を持つ日本は「後進国」なのか(1)

このブログを始めるきっかけとなった出来事についてまずお話ししようと思います。

ある日同じ寮の友人らとシーシャを吸いに行った際,病理学系専攻のエジプト出身の女の子が「なにか議論してみよう」と言い出しました。そして彼女はいたずらっぽく続けたのです。「死刑制度について話そう。この中に死刑制度に賛成の人がいます,誰でしょう。」彼女と私は同じフラットに住んでおり,私は以前彼女に日本には死刑制度があること,私はどちらかといえば死刑存置派であることについて話したことがありました。特に意地悪な意図はなく,単に彼女は私にその詳細を話させたかったのだと思います。一同で誰だろうとやんや言い合った末,彼女が話題にしたがっていたのは私だということがわかりました。その時点でこの話題に対して興味がない他の友人たちは自然に次の話題に移っていったのですが,私に対して挑戦的に発言する子がいました。生物学系専攻のギリシャ人の男の子です。「いまだに死刑を持っている国があるなんてありえない。死刑なんて非人道的だし,非合理的だ。それを支持しているなんて信じられない。」そこから彼は,死刑がいかに不可逆的で残虐なだけのまったく効果がない刑罰で,私や私の国の人権への意識が洗練されていないということについて,誤審の末に処刑される死刑囚やその家族の悲しみなんかを引き合いに出して自論をまくしたてました。最初は「討論」としてこのトピックを成り立たせようとしていた彼女に協力して,私も死刑という大きなテーマから刑罰論や刑罰・処遇の効果測定論といったかみ砕いた議論を投げかけようとしましたが,彼があまりに頭ごなし(と私は感じてしまいました)だったので,途中でそれもやめてしまって,彼の情熱的な論調に耳を傾けました。そこでぼんやりと,このもやもやとした感じについてはきちんと自分の中で整理しなければならないなと思ったのです。(そしてよくよく考えるにつれ,私がゆっくりとでも自分の中で解決しなければならない議題は死刑制度だけではないという,いままで目を背けていた事実に向き合わざるを得なくなり,以前拝読したことのある故中山研一先生のブログの存在を思い出して,このブログを始めることにしたのです。)

私がこの出来事を通して言語化して考えなければならないと思った点についてはいくつかあります。いまなんとなく考えているところでは,

〇 刑罰の正当性について

〇 結果無価値と行為無価値について

〇 死刑の正当性について

〇 なぜ日本は死刑を残しているのか

〇 私は本当に死刑存置派なのか

〇 (余談)GlobalisationEnlightenmentについて

の5点かなと思っています。

ご推察の通り,死刑制度についてご興味のある方にしてみればあっちやこっちやに話題の飛び飛びになる筋道のようですが,少しずつ書き進めていきたいと思いますので,お時間のある時にお付き合いいただければと思っています。

また,今後の内容について,一部の方には特に有益かと思われる私個人の立ち位置について書き置いておくと,私は結果無価値論者で,post-positivistで,objectivist寄りのconstructionistで,量的研究(quantitative research)が現在のメインとなっております。

従事する研究によって(特にepistemologyは)微妙に変化することもあるとは承知しておりますが,これらの指向は「like a skin, not a sweater」であると説明したMarsh and Furlongの文章が私にはしっくりきたので,付言させていただきました。

しばらく時間を置いたのに,本題に入れず仕舞いでしたが,今回はこのあたりで。

by padutesla0322 | 2020-02-11 10:21 | 犯罪学 | Comments(0)


     ブログ開設について >>